東北への思い

今さらですが、2012年3月に東京で行われたわののわのイベントに寄せた、東北に住むわたしが感じる東北への思い、被災地以外への思いを綴った文章があります。
半年前に思っていたことですが、状況はあまり変わっていないような気もします。
よろしければお読みください。

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あの大震災から1年経とうとしています。
震源地に近かったとはいえ、わたしの住む仙台は平常を取り戻したかのように見えます。

しかし、仙台の中心部から自動車で10数分のところにある同じ仙台市内の海沿いの街は、津波に襲われた傷跡がまだ残っています。周辺の施設や店舗が完全に再開されたのもつい最近のことです。まだ再開されない施設も数多くあります。仙台の夜の街は復興景気とやらで、たいそう賑わっています。しかし、単なる好景気とは明らかに違います。
復興支援を名目にした飲食店が数多くできました。石巻や気仙沼を応援するために現地の魚介類を扱ったり、宮城の地酒を扱うお店がどんどん増えています。わたしたち仙台市民は、飲み会の時ですら大震災を忘れることはないのです。

東北にいらっしゃる機会があれば、ぜひテレビをつけてみてください。NHKのお昼の番組は、全国放送とは違う「震災関連ニュース」が東北地区でだけ放映されています。夕方のローカル番組も毎日、毎日県内の震災関連の話題で溢れています。紹介される視聴者からのメールやファックスも、そのほとんどが震災関連のものです。

仙台には石巻や気仙沼など、沿岸の地域の出身者がたくさん集まっています。福島県や岩手県出身者も少なくありません。皆どこかで被害の甚大だった被災地とつながりがあるため、1日たりとも震災のことを忘れることができずにいます。自分自身が大変な被害に合っていなかったとしても、ひどい被害にあった人たちが肉親であったり、友人知人であったりしたため、テレビの中の遠い出来事と感じられるはずもなく、辛い現実としていつも隣に存在しているのです。

1年経っても大震災の影響から逃れることはできません。被害の甚大だった地域では、助かった命をこれからどのようにつないで行くかという大きな問題にぶち当たっています。

仕事がないと人間はダメになります。自分で稼いだお金で欲しいものを買うという当たり前の行為が無くなると、生きている価値が見いだせなくなります。せっかくつないだ命があるのに、死んだようにしか生きられない人たちがたくさんいます。現金収入だけでなく、生きがいや社会との接点につながる「仕事」の確保が今被災地での一番の課題です。

例えば石巻では魚介類の流通が震災前の1/10になっているそうです。消費者が暮らしていた民家も店舗も、その大部分が無くなってしまったからです。沿岸部の雇用を拡大するために産業を支えたくても、やはり仙台だけでは限りがあります。東京などの大都市に販路を見つけられれば、と願っている方たちがたくさんいます。もちろん、原発事故の影響で東北の食材の放射性物質による汚染が懸念されていることも事実です。各個人の捉え方や認識の違いがあることは重々承知しています。しかし、リスクや多大な負担を追ってまでも、放射性物質検査を受けたものしか出荷しないと頑張っている作り手もたくさんいます。低額で気軽に調べられる民間の放射能測定室を、自費を投じて開いた方もいます。今東北の志のある作り手は、放射能検査を受けることに前向きに取り組もうとしています。

「東北だから」とひとくくりにして避けるのではなく、被災地以外の皆さんにはもっと「東北を知ろう」という気持ちを持っていただきたいのです。旅行に行ってみる、自分が安心だと思う食材を日々の生活に取り入れてみる、被災地の工場で作っているものを購入してみる…。
小さなことでも構わない、ひとりひとりが東北を日々の生活のほんの片隅に置いてくれるだけでも、大きな意義があると思うのです。

お腹を満たすための支援は終わったかもしれませんが、今後生きて行くための支援はまだ始まったばかりです。

どうぞ大震災を、東北を忘れないでください。

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